クラシコイタリアファッションは地域によりハウススタイル特性がかなり異なることは周知の事実です。
それはデザインやフォルムだけでなく、パターンワークの特徴にも当てはまります。
皆様はほとんどのフィレンツェ仕立てジャケットがフロントダーツを排したパターンで統一されていることにお気づきでしょうか。
今回はその点について掘り下げて解説したいと思います。
フィレンツェ仕立て(Florentine tailoring)における「フロントダーツを排したパターン(dartless front)」は、単なるデザイン上の特徴ではなく、地域の美意識・哲学・テクニカルな要素が融合した結果です。
以下、歴史・思想・構造・審美の面から詳しく解説します。
1. フロントダーツとは何か
フロントダーツは、身頃の胸部分にある縦の切り替え線のこと。
一般的な仕立てでは、胸の丸み(ドレープ)やウェストの絞りを出すために使います。
たとえば、ナポリ仕立てやミラノ仕立てでは、ダーツを活用して立体感とフィット感を強調します。
2. フィレンツェ仕立てにおける「ダーツの排除」の理由
① 彫刻的なシルエットと構築性(Architectural Form)
フィレンツェはミケランジェロやドナテッロの彫刻文化を源流とする美術の都です。
その美意識はサルトリアにも反映されており、人体を彫刻のように整えた直線的・幾何学的フォルムを尊びます。
ダーツを使わずに”一枚布”で造形することで、パターンの有機的な統一感が生まれます。
胸の丸みよりも「統一感のある直線的シルエット」を重視したのでしょう。
② 軽やかさと「中庸」の哲学(Equilibrio)
フィレンツェ仕立ては「軽やかだが緊張感がある」ことを目指します。
そのため、ダーツによって生まれる過剰なドレープやうねりは避けられる傾向があります。
適度なゆとり=肩や胸に過度なボリュームを与えず、自然なラインの表現です。
胸の構築は「胸増し芯」などで立体感を与えつつも、ダーツに頼りません。
③ 美しいラペルロールと前身頃の一体感
フィレンツェのサルトリア(Liverano & LiveranoやSeminaraなど)は、ラペルから裾までの流れを非常に大切にします。
ダーツがないことで、ラペルと前身頃の線が「中断されない」のです。
前身頃の直線的な落ち感とドレープがより明快に表現されます。
3. テクニカルな理由
特殊なアイロンワークで前身頃の”丸み”を作る技法が発達しているため、ダーツがなくても十分な立体感を出せます。
裁断段階で布にカーブを与えた設計(フォルマ・ユニカ)を採用し、身体に自然に沿わせます。
肩パッドは薄いが肩回りは構築的、胴回りは「抑制された立体感」です。
4. 歴史的背景:フィレンツェ vs ナポリ・ミラノ
| 地域 | スタイル | ダーツ | 胸の構築 | 特徴 |
| フィレンツェ | 建築的・彫刻的な中庸 | なし | 中程度 | ライン重視、端正 |
| ナポリ | 柔らかくドレープ感重視 | あり | 少ない | 軽快で空気を含む |
| ミラノ | 軍服的で直線的 | あり | しっかり | カチッと構築的 |
次回は「ナポリ仕立ては何故フロントダーツを裾まで繋げたのか!?」を解説します。
皆さんの求めるスーツに巡り合うための情報整理になれば幸いです。
アルティジャーノ チャオ 東京銀座店
住所:東京都中央区銀座1丁目19−12 八木ビル 3階 B室
電話番号:03-3564-9530
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