【①16-17世紀編~現代スーツの発祥国イギリスから世界にスーツが広がった過程を時系列で解説】

query_builder 2025/03/08
【①16-17世紀編~現代スーツの発祥国イギリスから世界にスーツが広がった過程を時系列で解説】

21世紀現在、皆さんが着ているスーツは、実は非常に長い歴史と重厚な文化を持っています。


大袈裟に言えば、スーツは男の衣装(軍服や貴族服)数千年の歴史の集大成とも言えるのですが、話が長くなり過ぎますので、ここではヨーロッパにおいて500年程の歴史的事実を元に6回に分けて解説してみたいと思います。


今回はその1回目、16-17世紀編です。


・16世紀後半から17世紀初頭

ヨーロッパの貴族や上流階級は、豪華で装飾的な服装を好みました。
この時期の服装は、精緻な刺繍、豪華な生地(ベルベットやシルク)、金や銀の装飾、フリル・レースなど非常に装飾的であり、社会的地位を示すために豪華さが強調されていました。

特にイギリスでは、チャールズ1世(1625年?1649年)の治世下で、豪華で華やかな宮廷文化が栄えました。
彼の宮廷ではフランス式のスタイルが流行し、男性は長いジャケット、広い袖口、大きな襟、装飾的な靴、帽子など、非常に華やかで目立つ服を着ていました。

しかし、1649年のチャールズ1世の処刑後、イギリスは共和制の時代に突入し、服装に関しても厳格な制限が課されるようになります。
この時期、 オリバー・クロムウェルの指導下で、質素で控えめな服装が奨励されました。
特に共和制下では贅沢な服装が反感を招くとされ、シンプルで機能的な服装に対する価値観が高まりました。

この質素さへの移行が、1660年代のチャールズ2世(王政復古後)の即位と共に、フランスから帰国した王の影響を受けて変わり始めます。
フランス式の装飾的なスタイル から、シンプルで機能的なスタイルが好まれるようになり、この時期に近代スーツの基礎が形作られていきました。


・チャールズ2世の帰国とフランス文化の影響

1660年、イギリス王チャールズ2世がフランスから帰国したことをきっかけに、イギリスの服装文化に大きな影響を与えました。
この帰国は、チャールズ2世がフランスで過ごした長い亡命生活を経てのものです。
フランスの宮廷、特にルイ14世の支配下にあったヴェルサイユ宮殿での豪華な生活が、チャールズ2世にとって強い印象を残しました。
フランス王ルイ14世は当時、非常に華やかで贅沢な宮廷文化を築き上げており、そのファッションはヨーロッパ全土に大きな影響を与えていました。

チャールズ2世が帰国後、イギリスの宮廷や貴族社会において、フランスの華やかで装飾的なスタイルを導入しようとしました。
特に、フランス宮廷の「ロココ」様式がファッションに影響を与えました。
フランス風の豪華な刺繍やレース、金糸、豪華な生地が特徴的な服装がイギリスの貴族たちにも広がっていきました。

しかし、イギリスの社会はフランスのような過剰な装飾を受け入れることができませんでした。
そのため、イギリスの貴族たちは、よりシンプルで機能的なスタイルに徐々に移行していくことになります。
この変化が後の近代スーツの発展に繋がる重要な出来事となります。


・ジャケットとベストの導入

17世紀の服装の重要な変化は、ジャケットとベストの導入です。
この時期、イギリスではこれまでの服装、特に長いローブやフリルが多い衣服から、より実用的で動きやすいスタイルへの移行が始まりました。

ジャケットは、貴族や裕福な市民層によって着用されるようになり、従来の長いコートから肩を強調した短い丈のコートに変化しました。
肩パッドや広い肩幅が特徴的で、体のラインを強調するデザインが特徴です。
ジャケットは、単に衣服の一部というだけではなく、社会的な地位を示す象徴的な役割も果たしました。

ベスト(またはジレ)は、男性の服装における重要なアイテムとなりました。
タイトなデザインでジャケットの下に着ることが一般的になり、服装全体を引き締める役割を果たしました。
また、ベストは着る人の社会的地位や富を示すため、豪華な生地や装飾が施されることもありました。

このように、ジャケットとベストが登場することで、服装がより機能的でシンプルなデザインへと変わっていき、これが後の近代的なスーツの土台となりました。


・イギリスにおける服装改革とシンプルさの重要性

イギリスでは、フランスの装飾的な服装とは異なり、よりシンプルで洗練されたスタイルが重視されるようになりました。
特に、イギリスの服装文化には、「機能性」と「簡素さ」が求められました。
豪華な装飾や飾り立ては避けられ、代わりに精緻で高品質な生地やシンプルなデザインが重視されました。


・質実剛健な服装文化

イギリス貴族の服装は、フランスのような豪華さを追求することはなく、よりシンプルで実用的でありながらも上品さと洗練された雰囲気を持つものが好まれました。
こうした服装は、貴族だけでなく、商人や上流階級の男性にも受け入れられ、服装のシンプルさが社会的地位を示す重要な要素となったのです。


・クラシックな男性服の基盤形成

この時期の服装改革は、後の19世紀に登場するクラシックな男性服、特にスーツに直結するデザインの基礎を作りました。
19世紀には、サヴィル・ロウ(ロンドンの高級テーラー街)で、さらに洗練されたスーツのスタイルが確立され、世界中でイギリス式のスーツが広まりました。


・イギリス貴族から一般市民へ

服装改革は貴族層だけでなく、商人層や一般市民にも影響を与えました。
商人や上流階級の男性たちは、商売や日常生活においてシンプルで機能的な服装を求めるようになり、これがスーツの普及を加速させました。
ビジネスマンとしての社会的な役割を象徴するために、スーツは徐々に一般の男性にも広まり、イギリスの商業社会では欠かせない存在となります。


・近代スーツの誕生

こうして17世紀のイギリスでの服装改革は、スーツという形態の服が発展するための土壌を作り、19世紀に入ると、サヴィルロウなどの高級テーラーによって、スーツが「男性ファッションの主軸」として確立されることになります。
スーツのシンプルで機能的なデザインは、時を経てビジネスマンや公務員、さらには世界中の男性たちにとって、必須の服装となったのです。


{まとめ}

1660年代、チャールズ2世の帰国を契機にフランス風の華やかな装飾的なファッションから、よりシンプルで機能的な服装がイギリス社会に浸透しました。
ジャケットやベストといったアイテムが登場し、それらは後の近代スーツのデザインの基盤となり、イギリス独自の洗練された服装文化が育まれました。
この変化が、スーツという服の誕生をもたらし、のちに世界中に広がることになっていきます。

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